What's about TEX-MEX?

TEX-MEX(テクス・メクス)って何?

 

 

多くのお客様は、当店のメニューをご覧になって

「メキシコ料理ですか?」

「メキシコへ行ったことがあるのですか?」

などとお尋ねになります。

 

しかし、当店はメキシコ料理店ではありません

 

El Caféは、TEX-MEX(テクス・メクス)のお店です。

 

旧テキサス共和国旗(左)  旧メキシコ共和国旗(右)
旧テキサス共和国旗(左)  旧メキシコ共和国旗(右)

 

TEX-MEXとは、北米が現在の三つの合衆国になる以前の1800年代に、古くは共にスペイン領だった旧テキサス共和国(現アメリ合衆国 テキサス州付近)と旧メキシコ共和国の北部(現アメリ合衆国 テキサス州以西のカリフォルニア州までを含む一帯)周辺で、先住民の伝統とヨーロッパ人がもたらした食材が融合して生まれた食文化です。

 

「テキサス」「メキシコ」という言葉から、現在のアメリカ合衆国テキサス州とメキシコ合衆国の南北の位置関係を連想される方が圧倒的に多いようです。

 

中にはメキシコを南米だと勘違いされている方もたまにいらっしゃいますが、ここでいうTEX-MEXとは、南北のみならず東西を含んだ位置関係で、かつてメキシコ領は現在のテキサス州より遥か北西にまで及んでいた時代があったということをご理解ください。

 

1830年代のメキシコとテキサス
1830年代のメキシコとテキサス(朱色の線が現在のアメリカ-メキシコ国境)
旧リオグランデ共和国旗(左)  旧カリフォルニア共和国旗(右)
旧リオグランデ共和国旗(左)  旧カリフォルニア共和国旗(右)

 

今日、TEX-MEX文化を語る際、“ボーダー(国境)”という言葉は欠かせないキーワードとなっていますが、TEX-MEXにおける“ボーダー”は現在の「アメリカ-メキシコ国境」のみではなく、この地域には歴史の中でいくつもの“ボーダー”が作られ、そして消えていきました。

 

中世以降、アメリカ合衆国が現在の形になる20世紀初頭まで、この“ボーダー”周辺地域では、先住民と移民、様々な民族と国家が入り乱れており、その歴史には、いくつもの戦乱が影を落としました。

 

現在の国境から200km以上離れたサンアントニオ(テキサス州)やロサンジェルス(カリフォルニア州)に今なおメキシコ文化が色濃く残っているのはこのためです。

 

そして、民族や国家の統合と分裂、交流と反発を繰り返した歴史が、この地域に暮らす人々に、世界でも類まれな特有のアイデンティティーと文化をもたらす結果となったのです。

 

1836年 サンアントニオ アラモの戦い (画像は映画『アラモ』1960年より)
1836年 サンアントニオ アラモの戦い (画像は映画『アラモ』1960年より)

 

このよう背景の中、この地域で生れた料理は、アメリカの歴史そのものといえる食文化でありながら、長い間、特に呼称がありませんでしたが、1972年、料理研究家 Diana Kennedy (ダイアナ・ケネディー)により、もっと古いメキシコ民族料理と区別するため、西部開拓時代にこの一帯を走っていた大陸横断鉄道の路線名から“TEX-MEX Cuisine”(テクス・メクス料理)と名付けられました。

 

西部開拓時代を象徴したアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道(通称:サンタフェ鉄道)の機関車
西部開拓時代を象徴したアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道(通称:サンタフェ鉄道)の機関車

 

今日、“TEX-MEX”という言葉は、食文化のみならず、同様にこの地域で派生した音楽、ファッションなど、その土地に息づく文化や気質そのものを指すものとなっています。

 

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